いろんなコレクションのなかで、いわゆる数の少ない限定品をレアものなんて呼んだりしますが、今回のCDは現代で言えばレアものということになるのかも知れません。
 映画「カストラート」(伊Farinelli Il Castrato,英Farinelli 1994)をご存知でしょうか? 実在したバロック時代のカストラート歌手 ファリネッリの生涯を描いた 伝記映画です。イタリア、ベルギー、フランス合作。ジェラール・コルビオ監督。この映画はゴールデングローブ賞に輝きました。
 では、カストラート歌手?って一体何もの?それがですね、17~18世紀にかけて天賦の美声を持つ少年を変声期前に去勢することによって形成した歌手のことであり、絶頂期のカストラートは現代で言うならば世界的ポップスター並みの人気と、コンサートシーズンだけで一流国の大臣の年間サラリーほどの高額なギャラを取り、しかも君主の所有する聖歌隊に永久在職権を有していたと言われる、男なのにソプラノを歌ってしまう歌手のことです。映画の原題の「ファリネッリ」は歴史上最高のカストラートと言われています。
 さて、カストラートの存在を初めて知った時、何という人権蹂躙の産物だろうと思ったのを覚えています。去勢された彼らは子孫を残すことができない訳です。そんなひどい事って、、
この制度?は、調べてみると中国の宦官をはじめけっこう各時代で行われていたようです。音楽的理由による去勢の習慣はスペインが源だそうですが、教会において女声が許されないイタリアでカストラートは隆盛を極めます。まるで相撲協会ですね!土俵に女性はのぼれない!と同じです。思春期前の去勢は発声に重要な役割を果たす男性ホルモン生成器官に作用して変声を防ぎ脳下垂体と成長ホルモンの働きが促進されて喉頭と生体のゆっくりした発達と胸郭の広大さを伴います。
 何しろ最初に説明した通り、優秀なカストラートの所得はとんでもない額になります。従って息子をカストラートにさせようという輩も多かったらしいですが、どの世界も例外などある筈もなく優秀な歌手になるのはごく少数で、手術の失敗も多かったといわれます。またなったのはいいけれど歌手の仕事もなく男とも女ともつかない彼ら、夜な夜なイタリアの帳を徘徊する者も少なくなかったとか、、、
さて、一流のカストラートの声は非凡な輝かしさとともに独特の軽やかさ、しなやかさを持ち、驚異的な声域を持ちました。厳しいトレーニングにより精巧で華麗な円熟した歌唱で聴衆を魅了しました。アクロバティックな歌唱だけでなくソフトな情緒や声の自在なコントロールによる悲劇的表現能力においても秀で高貴さとヒロイズムを伝える者として当時のオペラに欠かせない存在になりました。1680年頃からオペラ・セリア(正歌劇、ギリシャ神話を題材にしたいわゆるシリアスなオペラ、これに対してオペラ・ブッファ:喜劇オペラがある 注;杉山)における第一主役はカストラートによって歌われるようになったとされます。教会専門であったカストラートがオペラに出演するようになったのは、ローマの枢機卿がひいきのカストラートを出演させてからといわれています。イタリアでの流行はやがて合理的精神を重んじるフランスを除くヨーロッパ全土に広がりましたが、1740年頃から衰微し始めました。そして、私が感じていた通り、音楽的目的のための去勢が人道的問題として非難が増大するとともに、オペラ・セリアの衰退、キリスト教禁欲主義の衰え、18世紀の経済的改善が拍車をかけ、1830年のヴェルッティの引退でオペラにおけるカストラートは存在しなくなり、そしてカトリック教会にわずかに残っていた習慣も最後のカストラート歌手アレッサンドロ・モレスキの死によって完全に終焉をむかえました。(このCDにはモレスキの1902年録音の音源が最後におまけで収録されています!!)今となってはその音源からカストラートの声を類推するしかありません。(一部ライナーノートより転用)
 このCDには、現代のカウンターテナー(ファルセットで非常に高音を歌う事ができる男性歌手)による当時のカストラートが歌っていた曲が収録されています。
 収録作曲者は
  G.F.ヘンデル(1685~1759)
  H.パーセル(1659~1695)
  J.A.ハッセ(1699~1783)
  N.ボルボラ(1686~1768)
  A.カルダーラ(1680~1736)
  C.W.vonグルック(1714~1787)
  W.A.モーツアルト(1756~1791)
おまけで
  G.ロッシーニ(1792~1868)・・最後のカストラートアレッサンドロ・モレスキの1902年録音の「小荘厳ミサ曲」~クルチフィクスス~が収録されています。
聞いているとなんか男なのにこの高音?って感じで不思議な世界が漂いますが、恐いもの見たさ(聞きたさ?)で聞いて頂くと新しい世界が広がるかもしれません。しかし最近はカウンターテナーは勿論、ソプラニスタ(日本人では岡本知高氏)なんていう歌手も出て来ていますのでそれほど珍しくはないのかもしれませんが、、
因に、ヘンデルはカストラートになりたかったという話を聞いた事があります。なってたらどうなっていたんでしょうね?
EMI CLASSICS TOCE-8693