その9 おはぐろ

唐澤 るつ子

挿絵同好の仲間と、古典の勉強をしています。源氏物語は一応“夢浮橋”まで読み今また二巡目。 並行して、枕草子も読み進んでいます。 難しいことは抜きにして、身の丈にあった読後感を、皆でわあわあ言い合う楽しい会です。

昔の人も歯を病むことは、きっとあったと思うのですが、文学作品の中には あまりそういった下世話なことは出てきません。でも、枕草子にありました。 三百五段の“病は”という段章にです。

十八九ばかりの人の、髪いとうるはしくてたけばかり、裾 ふさやかなるが、いとよく肥えて、いみじう色白う、顔愛敬 づきて、よしと見ゆるが、歯をいみじう病みまどひて、額髪も、 しとどに泣き濡らし、髪の乱れかかるも知らず、面赤くて、 おさへゐたるこそ、をかしけれ。

とあり、“をかし”と清少納言は結んでいます。 まあ、古語の“をかし”はいろいろな意味合いがありますので、何とも言えませんが、 主に、その歯痛を病んでいる女性を見ての感想でしょうが、これではあまりに非情です。

当時は、恐らく今ほどふんだんに甘いものはなかったでしょうし、また食べられる状況ではなかった、 また、繊維質の多いもの、固いものを食べていたであろうこと、 したがってそんなに虫歯はなかったとは思いますが、察するにあまりあるものがあります。

一応、成人になると“おはぐろ”というものを使ったとあり、それは歯を保護したとあります。 そして、歯を黒く染めるには、歯をケアしなくてはならなかったそうですから、それなりの 努力もしたでしょうし、またエティケットのためには口漱ぐ(すすぐ)ことも必要だったと思われます。

粗食で、歯に悪いものはあまり食べられず、意外と要治療の人は、少なかった時代と、 歯に悪いものをふんだんに食べ、せっせと治療する時代と(昔に戻れというわけではありませんが) 果たしてどちらがどうなのか、温暖化と昔の少エネルギーの時代と同じ問題ではないか などとつい思ってしまうのです。