その7 たくあん

唐澤 るつ子

挿絵向田邦子氏の作品のテレビドラマに、母親が、娘のたくあんをかむ音を聞いて 「あんた、歯がいいわね」と娘を羨むくだりがあると言います。

彼女の作品は好きで、作品もいくつか読んだり、テレビドラマもけっこう視てはいましたが、 そのシーンは視落としています。

作品評で、彼女はことほどさように、日常生活の機微を書くことにたけていたと言うのですが・・・・・。

確かに我が息子がたくあんをかむ音は、私たち老夫婦がかむ音とは違う気がします。 おそらく歯並みとか、咬合とか、しっかりした歯ぐきとか、いろいろ条件があるのでしょう。 悔しいけれどいたしかたありません。

そういえば、年齢の齢は、部首が歯です。歯が年に関連あることを見抜いていた先人の知恵を感じます。

ところで、身の回りの友だちで「年をとって歯が悪くなり、たくあんはかめないので、もう漬けない」 という人がけっこういますし、「コリコリ食べられればいいじゃんね」と往時を懐かしむ声も耳にします。 たくあんに関しては、特にこのコリコリかむことが、おいしさを増すような気さえするのです。

ちなみに、私たち夫婦は大の漬物好きで、塩分過多なぞなんのその、 ふんだんに漬けて自分たちも食べ、県外に住む身内にも送ります。 夫は、生来良い歯を持ち、私も日常のセルフケアとインプラントのお蔭で、毎日大好物の漬物が 食べられるという次第です。この好きなものを食べられるというごく当たり前のしあわせは、 本当にすばらしいと思います。ただ、もっと若い時から、なぜきちんと磨かなかったのかと (今ほど正しい情報がなかったという言い訳けつきで)悔やまれてなりません。

先頃の新聞で、清潔志向からか、この頃の子どもたちの虫歯の数が格段に減ったという データが載っていました。誠に結構なことだと思います。

ひるがえって、自分の子育ての折、息子を歯科医院に連れていった時 「こんなひどい状態にしてしまうのは、親の責任です」と言われて憤慨したことがありましたが、 言われてみればその通りで、息子には悪いことをしたと思っています。 その息子が、自分の結婚式の披露宴も果てる頃、歯ブラシをしたのにはまいりました。

私も、先生や、歯科衛生士さんのご指導や治療でなんとか一応かむ歯が揃った現在、 よくよくかむことを心がけたいと、どうも早食いの傾向のある私ですが、 これでは、歯に申し訳けがたたないと思うのです。かむことは、脳の老化防止にも、 脳の視床下部が機能して、満腹感を覚え、大食をせずにすむとも聞きました。精進したいと思います。